my universe

頭の中のいろんなこと

バリで学んだこと(1)神に祈るということ

バリで5日間の一人旅をしてきました。

 

 

今回の旅は観光地に行くというよりも

とにかく自分と向き合う旅にしたくて

ただただゆっくり、自分の心に従って

行きたいところにいって、やりたいことをしようと決めてました。

 

その結果たくさん学んだことがあるので

ここに書き留めておきたいと思います。

 

バリってどんなイメージでしょうか。

私は、パワースポット、神が宿っているところ、

そんなイメージがありました。

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実際バリの街を歩いているとたくさんお寺があり、

お寺だけでなく普通の店の前の道にお供え物がたくさんありました。

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何も知識のなかった私は、商売繁盛や、幸運を願ってお供えをしているのだと思っていました。

 

しかし、4日目に申し込んだツアーでガイドさんが

教えてくれました。

 

お祈り、お供えは朝、昼、夕、毎日三回する。

それは、神に感謝を表すため。今あるもの、神が与えてくれるものに感謝するため。

今日も朝起きられて家族に会えること、仕事や学校に行けること、ご飯を食べられること。

お供えにはお米や、クッキー、キャンディーなどを添える。

それは、恵みをみんなでシェアするため。

 

日本人ってあまり宗教に対して意識が薄かったり

怪しい偏見を持っていたりして

毎日お祈りする人は少ないでしょう。

 

しかし、バリにきて神に祈るとはどういうことなのか

少しわかったような気がしました。

 

今までは、祈ることは、「こうなりますように」というような

お願いをすることだと思っていました。

でも、バリのガイドさんの話を聞いて

神を信じてお祈りすることは毎日の神の恵みに感謝すること。

 

もちろん、無宗教や神がいるいない、信じる信じないは

それぞれの自由ですが、私は神を信じて与えてくれてるものへの感謝を表したいと思いました。

 

日本でヴィーガンが難しい理由。葛藤。

アメリカで9ヶ月過ごして、日本に帰ってきて1ヶ月がたつ。

いろんな面でたくさんのアメリカと日本の違いを感じる。

 

日本がいいなと思う部分もあれば、

やはり自分とは合わなかったり、生きづらいと思うこともある。

 

その中で今一番悩んでいるのが、

ヴィーガンのこと。

 

正直いうと、やめようか悩んでいる。

 

まだいろいろ考えている最中だから

ブログにするか迷ったけど、

リアルな心の声として残しておきたかった。

 

なぜやめたいと思ったのか、また、やめられない理由を

アメリカと日本の違いという観点から話す。

 

ヴィーガンだと日本での外食が大変

アメリカにいた時は、ファストフード店でさえも

ヴィーガンオプションがあるお店が多く

わざわざヴィーガンレストランなどを探さなくとも

ヴィーガンの人が食べられるものがあった。「vegan fast food」の画像検索結果

しかし日本はそうはいかない。

ヴィーガンは流行ってきているものだと思い込んでいたけど

やはり、まだまだ浸透していない。

 

今までならランダムに適当に良さそうなお店に入ればよかったのに

今は、メニューを見たり、ネットで調べたりして

自分が食べられるものがあるのか確認しなくてはいけない。

 

私の周りの友達にヴィーガンの人なんていないし

お店を探す度に、迷惑をかけてるような気持ちになる。

 

また、文化の違いかわからないが

外食した時に、アメリカよりも日本では、

同じ食べ物をシェアして楽しむことが多いように感じる。「sharing food with friends」の画像検索結果

温かい文化だと思うが、ヴィーガンだとみんなと共有できないことが多い。

その度に少し悲しいと感じたり、逆に、みんな同じであることが前提の文化に

生きづらさを感じたりもする。

 

ヴィーガンをやめたいと悩む理由

私は、人生の中でいちばんの幸せの瞬間は

友達や家族と美味しいものを食べているときだった。

美味しいねって言いながら、幸せを共有する。

「eating with friends」の画像検索結果

 

しかし、今では友達との外食が少し憂鬱になっている自分に気が付いた。

友達との約束があって、会うのが楽しみでも

何食べよう、その駅には私の食べられるものがあるのかな、と考えると

大好きだったはずの外食が、好きじゃなくなった。

 

そんな自分の幸せを犠牲にしてまで

突き通す必要があるのか、そんな気持ちになる。

 

簡単にやめられない理由

だからといって、じゃあヴィーガンやめようと簡単に決断できない。

 

なぜなら、それなりの理由や自分の信念があってやっていることだから。

2年前一度ヴィーガンをやめたことがあるから、

そのあとどんな気持ちになるかもわかっている。

 

みんなに合わせるために、心の中の自分の信念に蓋をして

食べたくないものを食べる、それも違う。

 

みんな違っていいアメリカ、みんな同じがいい日本

関連画像

 

アメリカでは、いろんな人種、宗教の人、同性愛者がいて

考え方も様々だし、みんなが違いすぎて、違うことが当たり前だった。

 

しかし、日本は9割が日本人でバックグラウンドも大きく違うことは少ない。

みんなが同じものを共有し、「当たり前」や「普通」という箱を大切にする。

 

そこから少しでもはみ出すと、大きな向かい風を受ける。

人と違うと「少数派」になってしまう。

みんなと違うことが、間違っているように感じてしまう。

 

アメリカでヴィーガンになると決意した時も

日本で大変になることはわかっていたし

だからこそ、諦めたら自分が日本の空気や風に

負けたような気がして嫌だ。❤️a good heart is the bravest most important thing a human can possess. I abandoned my selfish desire thinking it would be hardest thing to do...and I got rewarded with better health and nicer figure too ☺️MT

 

自分の信念は、たとえ非難されたとしても

自分で信じて曲げたくないし、自分がありのままでも

幸せに暮らせる道を自分で見つけたい。

 

未だ答えの出ない葛藤だけど

こうやってもがいているうちに

いつか絶対、自分なりの答えを見つけられると信じている。

 

 

ハワイで学んだ幸せになる方法⑵

ハワイで学んだ幸せになる方法の続き。

 

前回の記事で

ここでの暮らしに対して、不満を抱えている人の話をしたけど、

今回は逆に、暮らしに感謝してる人から学んだこと。

 

私がステイしている所のファーマーさんは

毎日、自分の生活へ感謝している。

 

初めてファームを見せてくれた時も

「もうこのファームを初めて13年経つけど、

未だに夢なんじゃないかって毎日腕をつねるよ。

本当にミラクルなんだ。」

そう語ってくれた。

 

ある夜も

「僕は本当にラッキーなんだよ。こんなところに生まれて、夢だったファームを持って。なんでこんなミラクルが僕に起こるんだろうってね。」

 

彼は、自分の生活を心から愛して、毎日に感謝してる。

 

彼の口癖は、

lucky, miracle, beutiful, thank you

 

言葉の力って本当に大きい。

 

彼の話す言葉を聞いていた、

自分もこんなポジティブなパワーを発したいと思った。

 

「なんてラッキーなんだろう」

その言葉を言った瞬間自分の人生に対する見方が変わった。

 

今まで、気がつかなかったラッキー、

今あるものへの感謝、

そんな気持ちが込み上げた。

 

ぜひ朝、夜、気づいたときに

言ってみてほしい。

見えてくるものがあるから

 

なんてラッキーなんだろう!

 

 

 

ハワイで学んだ幸せになる方法⑴

ファームステイをしにハワイに来てもう三週間が経って

あとこの生活も一週間。

 

これまで毎日が本当に濃くて

たくさんのことを学んで

いろんなことを考えてたんだけど

うまく言葉にまとめられなかった。

 

とりあえず、まとめられそうなことから

記事にしていきます。

 

幸せになる方法

 

それは誰もが知りたいこと。

 

どうしたら幸せになれるんだろう。

 

お金がもっとあれば、、、

理想の体型になれれば、、、

彼氏ができれば、、、

ずっとほしいあれが手に入れば、、、

 

私は、ハワイに来てから毎日が幸せすぎて

一生ハワイに住めればいいのに、

ここに住んでる人が羨ましすぎる。

 

そればっか考えてた。

 

しかし、渋滞がひどくて嫌になるとか、暑すぎて嫌だとか、あまりここでの暮らしを気に入っていない人にも出会った。

それで、なんてもったいないんだろう!

私はこんなにハワイに住みたいと思っているのに!

って考えて、ふと気が付いた。

 

いや、待てよ

きっと同じように私の生活を願っている人がいる。

 

世界のどこかには、

いつか暖かいシャワーが浴びられますように

柔らかいベッドで安心して眠れる日が来ますように

毎日お腹いっぱいご飯が食べられますように

 

自分はこんなに恵まれているのに

ないものや、嫌なことばかりに注目して

あれがあれば、こうなれば幸せになれるのに

って考えてたけどそうじゃない。

 

すでに幸せなことに気付けるかどうか。

それが幸せになる方法。

 

 

新しい経験

今すごくドキドキしてる。

 

留学を終えて飛行機に乗ってついたのは

日本ではなく、ハワイのオアフ島。

 

旅行ではない。

ここで1ヶ月ファームステイをする。

 

本当は就活のためにインターンシップでもしようと思ってたんだけど

自分が本当にしたいことってなんだろうって

考えたときにこれだった。

 

もともと農業に興味があったし自然の中でシンプルな生活をすることに

憧れてた。

これが自分の就活、将来につながるかなんて知らないけど

自分の心にとって正しい道だってわかってるし

そこから何が学べるかなんてした後にしかわからない。

だから、自分が本当にやりたいことをチャレンジするのが一番。

 

 

今はコーヒーショップでブログを書きながら

そのファームの人が迎えに来るのを待ってる。

 

これから1ヶ月働くことになるファームがどんなところか、どんな人たちなのかすごくドキドキするし、久しぶりに働くということに不安な気持ち。

 

この自分の殻を割ってドキドキする感じ、大好き

って言いたいけど、

ほんとは好きじゃない。笑

 

そう言えたらかっこいいんだけど

弱気な自分がいるし、不安な気持ちって全然気持ちよくない。

 

でもこれが自分を成長させてくれるって知ってるし

終わった後に自分をもっと好きになれることを知ってるから

帰りたい、やっぱりやめたいって気持ちを押しこらえて

自分をプッシュする。

 

まずいけど健康のために青汁を飲むみたいな感じ。

青汁は飲まないけど。笑

 

Wish me luck!

留学を終えて

ついにカリフォルニアでの留学が終わってしまった。

 

今はただ悲しい。8ヶ月という短い間ではあったけど

いろんな出会いがあって、自分が思ってた以上に

カリフォルニアが大好きになっちゃって

離れなきゃいけないという現実が受けいられなかった。

 

留学に来る前は、友達できないんじゃないかとか、

自分の英語を恥じて縮こまっちゃうんじゃないかとか

そんな長く日本を離れるのがすごく怖かった。

 

日本の友達と離れるのもすごく辛くて、

寂しさと不安がいっぱいで、飛行機に乗ったとき

みんなからのメッセージをみて涙が止まらなかった。

 

ついたばかりの時は英語を話すのすら怖かったけど

とにかく積極的に行くしかないと心を決めて

何度も自分の背中を押した。

簡単なことではなかったし、壁にぶつかっては

弱気になる自分もいた。

 

日本では当たり前にできることが、言葉や文化の違いで

なかなか思うようにいかなくて

泣いたこともあった。

 

でも、何かにぶつかるたびに自分とたくさん向き合った。

今までこんなに自分のことを考えたことなかった。

そうしてるうちにだんだん自分に自信がついた。

 

来る前から聞いてたように、学校での勉強は

日本の大学より大変で、言語の壁だけじゃなくて

宿題やテストがいっぱいで平日は受験生並みに勉強してた。

 

それでも、一緒に勉強したり、

応援してくれる友達がいたおかげで頑張れた。

 

 

週末はネイルをしに行ったり、

パーティーの前にみんなでショッピング行ってメイクしたり、

授業終わりにサンセットを見にビーチに行ったり、

二日酔いの朝に朝食を食べに行ったり、

そんな些細なことがすごく楽しくて、夢のような生活だった。

 

きっと一年前の自分はこんなこと想像してなかっただろうな。

 

ここでアメリカ人はもちろん、ドイツ、フランス、韓国、台湾、メキシコ、ブラジル、たくさんの国からの人と友達になった。

世界に友達を作るっていう夢のために英語を頑張ってきた。

 

こんなに刺激的で自分を大きくさせてくれたこのチャンスに

感謝しきれない。

 

今はとにかく、バイバイした友達が恋しくて悲しい。

 

みんなとの最後のハグほど辛いものはなかった。

今まで当たり前のようにほぼ毎日あってたのに

急に次いつ会えるかわからないなんて

胸が裂けるほど辛かった。

 

でも絶対にすぐまた行く。

国や文化、言語の違いって思ってるほど大きくないのかもしれない。

 

ここで出会った人と自分の頑張りは

これからの人生で絶対大きな支えになってくれる。

 

これからももっと挑戦し続けて

今は想像もできないような自分に

1年後、2年後になってるに違いない。

 

最後に、留学を応援して背中を押してくれた

日本の友達、家族にとってもとっても感謝してます。

ありがとう。

 

 

ヴィーガンになるまで、なぜなったのか

この記事を書くまでブログを公開しないと決めてた

みんなに伝えたかったこと。

 

 

 

 

 

ヴィーガンになった理由

前回の記事で紹介したようにヴィーガンになる理由はたくさんあるんだけど、

私が大きく共感するのは、動物の権利、環境問題、健康の3つかな。

 

その中でも一番の軸となってるのは、動物の権利。

 

動物がかわいそうだから肉を食べない?

私が13歳のころ、「肉が食卓に届くまで」というビデオを見つけた。

興味本位でクリックすると、そこには牛が倒されて

トラックに乗せられている映像から始まった。

その時点で続きを見ることはできなかった。

「cow」の画像検索結果

普段当たり前のように食べ物として出ている肉は

もともと生きている動物だったんだという

当たり前のようで感覚が麻痺していた事実を突きつけられたようだった。

 

その日の食卓で、親に「ベジタリアンになる」と宣言した。

しかし、まだその頃は知識もなく、

「成長には肉が必要だ」

「弱肉強食の世界なのだから、受け入れなくてはいけない。」

「ちゃんと感謝して残さずに食べればいい」

という親の意見に納得し、

じゃあ20歳、成人になったらまた考えようと決めた。

 

「好きな食べ物は肉です。」

それから中学校、高校と、何も考えず肉を食べ続けていた。

あのビデオを見たときの感情に蓋をして開けないようにしていた。

 

肉が大好きだった。

クラスなどの自己紹介では「好きな食べ物は肉です」と言っていたほど。

ステーキハウスでアルバイトもしていた。

「steak」の画像検索結果

しかしたまに、バイトでゴミを出しているとき、

生肉の入ったゴミ袋から滴る赤い血をみて

ベジタリアンになろうとした自分がいたことを思い出して

自分に矛盾を感じていた。

 

小さい頃からの夢

あまり友達にも話したことがないのだけど、

小さい頃から変わってない夢がある。

 

それは動物を助けること。

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小学生の頃、獣医になることを考えた。

しかし、尽くしても救えなかったペットとの別れに立ち会えないと思った。

 

高校生の時、論文のために動物愛護センターを一人で訪れた。

そこで必死に鳴く犬や猫を見て

保健所で殺処分されてしまう動物を救う仕事がしたいと考えた。

「pet shelter」の画像検索結果

しかし、調べてみるとNPOやボランティア団体が多く、

高校生だった私は、これを仕事にして食べていけるのかなと不安になった。

 

そこで、とりあえず別の自分が好きな仕事を見つけて

副業か資金を貯めてそういうことをしようと決めた。

 

色々ブレながらも私の軸には

いつも動物を助けたいという気持ちがあった。

 

それとともに、肉を食べている自分に矛盾を感じていた。

 

ヴィーガンになる!

大学に入って2年間、親元を離れ大学の寮に移った。

自炊生活が始まった。

 

そこでベジタリアンを試したりした。

しかし知識がなく、エネルギー不足になったり結局肉を欲して続かなかった。

 

2年生になった時、YouTubeであるビデオを見つけた。

 

”Best Speech You Will Ever Hear”

 

Gary Yourofsky動物権利活動家によるスピーチだった。

 

そこでは、人が肉を食べるのはおかしいということを

生物学や倫理学の観点から説明していて、

畜産農家でどうやって肉や卵、牛乳が作られているのか、

動物がどのように扱われているのかをビデオと共に話していた。

 

彼の主張は、とても説得力があって今まで見えてた世界が

急にガラリと変わったように感じた。

 

今まで目を瞑ってきた世界、

残酷で矛盾していて悲しくて苦しい世界。

それに自分が関わっているという事実。

 

涙が止まらなかった。

 

それからヴィーガンになると決めた。

 

こっそりヴィーガン?

しかし、友達に言えなかった。

肉が食べられなければ、よく友達と行っていた焼肉食べ放題はもちろん、

ほとんど行けなくなってしまう。

友達との外食が何よりも大好きな時間だったから

それを失うのも、批判を受けるのも怖かった。

 

だから友達には言わずになるべく肉が入ってないメニューを頼んだり

お腹がいっぱいだからと行って肉だけを友達にあげたりした。

 

でも、隠したまま完全にヴィーガンの食べ物を見つけることは難しく

自炊はヴィーガン、外食は出来る範囲で、と決めた。

 

親の反対

3年生になって寮からまた自宅に戻った。

 

母はヴィーガンであることを知っていたし理解してくれていた。

しかし父には言うなと言われていた。

「お父さん 厳しい イメージ」の画像検索結果

理由は聞かなくてもわかる。

父は、ベジタリアンやヴィーガンという考え方が好きでない。

 

ごちゃごちゃ考えずに、感謝して、

みんな同じものを食べるべきだという考え方だった。

 

私も父の批判を聞きたくなかったし、

口論したくなかったので言わなかった。

 

しかし一緒に食卓を囲んでいて隠すのは難しかった。

 

そのうち自分の中でもあやふやになってきて

肉を食べるようになった。

 

自分の中の矛盾

しかし、頭の中にはGary Yourofskyのスピーチが残っていたし

このままでいいのかという葛藤があった。

 

考えないようにして肉を食べることはできても

自分が間違ったことをしているように感じていた。

 

アメリカ留学

アメリカで留学を始めてからまたヴィーガンを始めたいと考えていた。

 

確かに思っていた通り、日本に比べてオプションが多かった。

 

それでも友達の反対や、外食での困難があって

ベジタリアンになったり、魚を食べるペスカタリアンになったりしていた。

 

しかし、アメリカで過ごしているうちに

自分の価値観を自分で隠したり恥じたりしては行けないと感じて

完全にヴィーガンになろうと決心した。

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これから

きっと日本に帰ったらもっと難しくなるだろうし

バカにされたり非難されることもあるかもしれない。

 

でも食べたくないものは食べたくないし、

自分の心に従って生きたい。

 

友達に面倒がられるかもしれない。

でも、それで離れていく友達はそれでいいし、

それでも尊重してくれる友達ももっと大切にしたい。

 

今の自分の生き方が好きだし

これからもっと勉強して、どんな形であっても

環境や動物を守る夢を叶えたい 。

 

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